【書評】森島恒雄『魔女狩り』(岩波新書)

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書評

現実になくても、あるといえる

魔女なんて実在しないのに、実在することにできてしまう。

なぜ、目前にある現実、事実を尊重せずに、あらかじめ決まりきった結論を導き出すことができるのか。

どうして、そんな「ありそうにない」ことが可能になるのか。

本書を貫いているのはそんな問いであり、それに対する答えがあります。

この本は「近代ヨーロッパの魔女狩り」という、特定の時代・地域で行なわれた個別具体的な現象について書かれています。ですが、この本は、現代の社会を考えるうえでも応用できると、わたしは思っています。

「有名な本に書いてあるから」

魔女狩りは中世ヨーロッパの出来事だと一般的には考えられているが、実際にはルネサンス以降の近代ヨーロッパ、知性が花を咲かせ実を結びはじめた時代において、もっとも強烈に押し進められた……これが本書の見解です。

ですが、いまでも魔女狩りは中世ヨーロッパの出来事として、一般に考えられているのでしょうか?

本書が出版されたのは1970年。いまからもう50年も前のことです。はたして、魔女狩りが中世ヨーロッパの出来事だと、いまだに多くの人が考えているのでしょうか?

それどころか、実は中世ヨーロッパに魔女狩りの嵐が吹き荒れていたことを示すような新しい発見が、この50年のあいだになかったとも言い切れません。

少なくとも、わたしは魔女狩り研究の最新の動向をまったく知りません。

にもかかわらず「魔女狩りは中世ではなく近代に流行した。一般的には知られていない。ソースはこの本だ」と言い張ることはできます。

理論や主張の外側にある現実が本当にどうなっているのかということを考慮しなくても、わたしたちは何かを事実だと言えてしまうのです。

魔女狩りの真実とは何か?

「魔女狩り」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか。

密告、ねつ造された証拠、結論ありきの裁判、過酷な拷問、処刑、火あぶり、集団ヒステリー。本書では、読者の残酷な興味を満たしてくれるような事例の数々が、克明に描かれています。

しかし、そうした読者の興味を引き付けるわかりやすいイメージよりも、忘れてはならないのは「魔女はつくりあげられた」という事実です。

つまり、実際に悪魔と契りを結び、魔術を使い、人や社会に害を与えた存在などは、本当は実在してなどいなかった、ということ。

言い換えれば、「魔女が実在する」と言い張ってきた人々の営みがあっただけ、ということです。

魔女が現実に存在しているか・いないかとは関係なく、「いる」ということにして、魔女狩りを行なっていた時代と地域があった。

これが、本書の伝える魔女狩りの真実です。

本書のさいごは、次のような文章で結ばれています。

これだけは、安心していえよう~もはや「魔女」を造る必要がなくなった、ということ~しかし、「新しい魔女」はこれからも創作され、新しい『魔女の槌』の神学が書かれるかもしれない。

森嶋恒雄『魔女狩り』(岩波新書) P.203