生き別れになったエヴァの妹〜『キルラキル』

いまさらだが、昨日、アニメ『キルラキル』をようやく見終わった。

僕にとってはけっして楽しい鑑賞体験ではなかった。毎回、見るたびに、おもしろいとは思いながらも、同時にとてつもないストレスを感じた。一週間に一話見るだけでもつらかった。ときには一ヶ月やそこら、続きを見る気が起きなかった。それでも、途中で止めることはできず、結局、ここまで時間がかかってしまった。

一見したところでは、能力バトル要素のある学園ものという親しみやすいジャンルの、無害な作品である。往年の名作アニメや漫画(いくつか挙げると、あしたのジョー、男塾、聖闘士星矢、機動戦士ガンダム、ダイの大冒険、セーラームーン、などなど)のパクリパロディやオマージュが各所に散りばめられていて、熱心なアニメファンでなくとも、そのコミカルさに思わず笑いがこみ上げてくる。もっとも、アニメ演出家をしている僕の友人にいわせれば、「ちょっとやり過ぎ」らしいけれど。

僕は演出のさじ加減についてはよくわからないが、脚本は抜群によいと断言できる。物語論に忠実につくられていて、そのへんに転がっているゲームやラノベ原作のアニメとは明らかに一線を画している。アニメに限定せず、比較対象をドラマや映画にまで広めても、『キルラキル』勝負できる脚本を持つ日本の作品は、そんなにはないだろう。

といっても、『キルラキル』が特別なことをしているわけではない。繰り返すが「物語論に忠実につくられている」ということだ(ここでいう物語論とは、創造的=おもしろい物語のパターンや原則を分析した理論のことを指す。たとえばプロップの『昔話の形態学 』、キャンベルの『千の顔を持つ英雄』など)。有象無象の作品は、作り手が見せたいお話を延々と垂れ流している。一方で『キルラキル』は、見た人の心が動かされる場面を、畳み掛けるように繰り出してくる。

もちろん、脚本だけでは作品が成り立たない。演出も最も重要な要素のひとつ。ネタバレになるのでくわしくは書かないが、20話で主人公が心を乗っ取られる場面の描写はとても凄惨で、グロい。つらすぎて見てられない。だが、人の心を動かすには効果的だ。だからこそ、見る人によっては過剰な負荷にもなるわけだ。

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さて、この作品には、かつてガイナックスにいたスタッフたちが大勢参加しているらしい。最初は学園内の闘争にすぎなかった物語が、中盤以降は地球規模のスケールへと広がりを見せ、人類の存亡をかけての戦いが繰り広げられることになる。それは『新世紀エヴァンゲリオン』を彷彿とさせる。

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エヴァがやっていたこと、やろうとしたこと、やりのこしたことを、別のやり方で表現しようとしている本作品は、いってみれば、生き別れになった『エヴァ』の妹のようなものだ。

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序盤のコミカルな作風から想像できるような無害なアニメではけっしてない。そのため、まだ見ていない人に向かって無責任に「おもしろいよ!」とか「見るべきだよ!」とは、オススメできない。

『キルラキル』はすばらしい作品だ。しかし、作品と真面目に向き合ってしまうような人には、相応の覚悟が必要になるだろう。