猪瀬直樹の「道路の権力」「道路の決着」を読み終えた。櫻井よしことの論戦(というか櫻井氏が一方的にケンカをふっかけているだけにも見える)はいまだに続いているようなのだが、本当のところ、いまの道路行政はどのような状況になっているのかは気になる。
とりあえず櫻井氏の「権力の道化」(改革の虚像)を読んでみて(まだ未読です)、双方の主張の根拠となる事柄を確かめつつ、道路公団民営化以降、どのようなことが起こったのか、今何が起こっているのか、などを調べていきたいと思う。
「 高速道路、相変らずの騙しの術 」(櫻井よしこ ブログ!)
道路整備中期計画 59兆円事業量の内訳は(excite ニュース)
最新のソースではないが、exciteニュースでの報道を見る限り、59兆円の事業費の一部が高速道路に費やされる(と決まった)ものではなく、むしろ一般道の工事・踏み切りやら信号やらに費やされる、というタテマエである。正しいところは一次資料をあたって自分の目で判断することにするが、どうして櫻井氏はわざわざ「高速道路」の見出しを付けて猪瀬氏への攻撃を行っているのだろうか。その論拠はなんなのだろうか? 道路公団民営化委員会は有料道路の管理に携わっていた日本道路公団の民営化のための提言と民営化プロセスの監視を行う委員会であったハズだと僕は理解しているのだが、じゃあ国交省が「一般道の工事に関して新たに国費を投入する計画があります」とぶっちゃけたところで、それは果たして道路公団民営化委員会≒猪瀬直樹氏の責任とか背任だということになるのだろうか。
そもそも、櫻井氏は責任感とか気高さとか品格、要は武士道めいたことを説いている思想家だとぼくは勝手に考えているのだが、猪瀬氏に対し「公団改革が中途半端だったから一般道路で付け入る隙を残したんですよ!」と攻撃するのはミスリードだしアンフェアなんじゃないかと思う。一般道路の建設に対して異議があるならば、それはそれでまた新たな戦いを開始しなければならないのだし、われわれ有権者ひとりひとりが責任を持ち、毅然とした行動を取るべきなんじゃないのか。それを猪瀬氏に任せる必要はないわけで、なのに「すべてを解決してくれるはずだった猪瀬氏が中途半端に終わらせたから悪いんだ!」と糾弾するのは、そのほうが無責任な物言いに聞こえます。
本当のところは自分で調査するとしよう。使い道が無くなった道路特定財源をどうするか、というのが中心にあるように見えるが、そうでないかもしれない。
とりあえず櫻井氏の「権力の道化」(改革の虚像)を読んでみて(まだ未読です)、双方の主張の根拠となる事柄を確かめつつ、道路公団民営化以降、どのようなことが起こったのか、今何が起こっているのか、などを調べていきたいと思う。
「 高速道路、相変らずの騙しの術 」(櫻井よしこ ブログ!)
道路整備中期計画 59兆円事業量の内訳は(excite ニュース)
最新のソースではないが、exciteニュースでの報道を見る限り、59兆円の事業費の一部が高速道路に費やされる(と決まった)ものではなく、むしろ一般道の工事・踏み切りやら信号やらに費やされる、というタテマエである。正しいところは一次資料をあたって自分の目で判断することにするが、どうして櫻井氏はわざわざ「高速道路」の見出しを付けて猪瀬氏への攻撃を行っているのだろうか。その論拠はなんなのだろうか? 道路公団民営化委員会は有料道路の管理に携わっていた日本道路公団の民営化のための提言と民営化プロセスの監視を行う委員会であったハズだと僕は理解しているのだが、じゃあ国交省が「一般道の工事に関して新たに国費を投入する計画があります」とぶっちゃけたところで、それは果たして道路公団民営化委員会≒猪瀬直樹氏の責任とか背任だということになるのだろうか。
そもそも、櫻井氏は責任感とか気高さとか品格、要は武士道めいたことを説いている思想家だとぼくは勝手に考えているのだが、猪瀬氏に対し「公団改革が中途半端だったから一般道路で付け入る隙を残したんですよ!」と攻撃するのはミスリードだしアンフェアなんじゃないかと思う。一般道路の建設に対して異議があるならば、それはそれでまた新たな戦いを開始しなければならないのだし、われわれ有権者ひとりひとりが責任を持ち、毅然とした行動を取るべきなんじゃないのか。それを猪瀬氏に任せる必要はないわけで、なのに「すべてを解決してくれるはずだった猪瀬氏が中途半端に終わらせたから悪いんだ!」と糾弾するのは、そのほうが無責任な物言いに聞こえます。
本当のところは自分で調査するとしよう。使い道が無くなった道路特定財源をどうするか、というのが中心にあるように見えるが、そうでないかもしれない。
